何回でも論文添削!技術士(建設部門・総合技術監理部門)受験 2011年03月
便利さとリスク
 今週は検査ラッシュです(本当は先週済ませたかったんだけど……).東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の影響が落着いたわけじゃないですが,少しずつ普段通りのブログ内容にしていきたいと思います.

 青本の定義では,リスクは発生確率と被害規模の積とされているけど,不安の度合(制御不能の恐ろしさ,馴染みの無さ,心身的な苦痛など)も積に加えてリスク認識するのが一般国民の実態だと思う.もし発生確率と被害規模の積が同値であっても,飛行機と列車での移動なら飛行機のほうが不安だ(不安の度合が高い)と感じる……飛行機はハイリスクと認識するようなもの.当たり前のことだが,原発事故に関連した放射線や放射能物質は無味・無色・無臭だから,不安の度合は格段と跳ね上がる.

 原発事故はカタストロフィー・バイアスに陥りやすい.それがわかっていながら設定した民主党の避難範囲には疑問を感じる.ただでさえ過剰反応しているのに,時間の経過とともに避難範囲を拡大し,さらに不安の度合を助長するような手法はまずかった……とは言え,自民党が政権運営していても同様の結果だったかもしれない……要するに現段階で悪人探しをしても仕方ないということ.
 青本(表5-2)ではバイアスの種類をざっくり書いているんだけど,認知バイアスの特性も知っておいたほうがよいと思う.

 災害の特性にもとづくリスクの認知バイアスには、以下の特性が見られる。
・災害へのかかわりが自発的かどうか。自発的なかかわりで生じた災害のリスクは過小視される。
・災害を個人でコントロールできない災害のリスクは過大視される。
・災害が誰にでも平等にふりかかるか、特定の人やグループのみか。不公平なリスクは過大視される。
・災害の範囲の広いリスクは過大視される。
・一度に多くの被害者が出る災害のリスクは過大視される。
・死につながる災害はそうでない災害より過大視される。
・滅多に起こらない災害のリスクは、しばしば起こる災害より過大視される。
・次の世代への影響の可能性がある災害のリスクは、そうでない災害より過大視される。
・進行過程が見えない災害のリスクは見える災害より過大視される。
・あまり知られない災害のリスクはよく知られた災害より過大視される。
・人為的災害のリスクは自然発生的なリスクより過大視される。
・新しい災害のリスクは古くからある災害より過大視される。
 ただし、これらの認知バイアスは、互いに独立ではないことに注意する必要がある。
 
 「あとみん解説書:原子力-便利さとリスク」から抜粋

 最初に広範囲の避難区域を設定して徐々に区域を絞った場合,一時的なパニック行動に走る人が増えたり,事後保障の対象が拡大したり……という問題が懸念される.それは理解できるんだけど,カタストロフィー・バイアスを軽視した今回の政治的判断は失敗だった.
 また,日本は福島第一原発から30km圏内,米国は80km圏内(50マイル退避勧告)と避難距離に対する政治的な帳尻合わせ(青本では情報管理になるのかな?)ができていなかった点も,不安の度合を拡大させた一因だ.
 徐々に避難区域を広げた危機管理の手法や日米間での避難距離の違いが,政府と東京電力は重大な事実を隠蔽しているという憶測を呼び,それ以降の情報開示の信頼性を無くしてしまった.テレビで繰返し流されている「ACジャパン」のCMのように“くどい”広報も逆効果だが,信頼性が欠落した広報ほど空虚なものはない.

参考ホームページ:あとみん(原子力・エネルギー教育支援情報提供サイト) :原子力-便利さとリスク
あとみん解説書(PDFファイル):原子力-便利さとリスク

―受講者さんへの事務連絡―
 出張があるので4月1日?2日は添削をお休みさせてください.3月31日に送られたメールは,基本的に4月3日以降の返信になります.出先で時間が取れれば,なるべく早く返信しますが,確約はできません.ご無理を言いますが,よろしくお願いします.

―受講者さんへの確認事項―
 現時点で,建設部門は,想定問題15問(専門その12・建設一般その3まで)を配布済みです.総監部門は,想定問題その10(最終問題)までを配布済みです.
 もし手元に届いていないようでしたら,メールで連絡してください.セキュリティソフトによっては,送付したメールが弾かれたかもしれないので.

総合技術監理 | 【2011-03-28(Mon) 18:08:19】
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被災地からのメール(その3)
 被災地からのメール・同(その2)とは別の受講者さんからのメールになります.
 実際に被災した人じゃないと書けないことは,私一人ではなく,できるだけ多くの土木技術者が知るべきだと思っています.今回のメールでは,特に公務員技術者の方に何か感じ取っていただければと思います.

 地震の当日は,○○にて通常業務中でした。庁舎放送の緊急地震速報の後に強烈な激震に襲われ,身動きが取れない状況となり,あらゆる棚や机の書類や物が散乱し足の踏み場が無い状況でした。
 長く継続する地震というより,3回くらいの激震が連続して,これまでに経験したことが無い凄まじいエネルギーで正直恐怖を感じました。(余震の頻度が多くこのメール中も揺れています)まもなく停電,自家発での電気供給となり,電話・携帯も不通となりました。
 全庁的な災害体制となり,私は災害対策本部(○○班)への配属後現在は○○担当課への応援要員として3交代勤務により被災状況の取りまとめ等を行っております。

 以前に気仙沼,石巻の地方機関の勤務を経験しており,特に気仙沼・南三陸はチリ地震津波の被害もあることから,津波防災に関する地域住民の意識は非常に高く,行政と地域が一体となってサインの作成や避難訓練など積極的に取り組んでおりました。また,防潮堤や水門などハード整備も進めており,最近水門の耐震化・遠隔操作も完成したところでした。
 しかし,想定をはるかに超える大津波が来襲し多くの人命が失われ未曾有の被害となり,自然の恐ろしさと人間の無力さを痛感するとともに,常に津波を意識する地域での出来事であり非常に悔しい思いとなりました。逆に考えれば10mを超える大津波であったにもかかわらず,迅速な避難により多数の命が救われたのかもしれません。
 
 今回の地震,津波により沿岸部を中心に鉄道や各種ライフラインが被災し,被災地を始め,周辺の都市機能は完全に麻痺している状況です。一般市民の食料や水の調達も困難となっております。
 われわれ○○自治体の職員も勤務中に被災し亡くなった人や身内等に被災者が多数いる中で,様々な地域や団体,ボランティアの協力を得て復旧,復興に取り組んでいるところです。沿岸地域の復興は相当長い期間を要するかと思いますが,人の命の重みを体感した今回の災害を踏まえ,まちづくりを含めて復興に取り組んで行きたいと思います。
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 今回の震災について,発生から1週間しか経過しておりませんが,昨日のメールで伝え切れなかったこと,感じたことについて雑駁ながら書いてみます。

 実は義理の両親が気仙沼在住で,震災後音信不通となり1週間経過しようやく連絡が取れ無事が確認されました。地震直後,早急に高台に避難したとのことで,日頃より地域の防災組織,訓練を頻繁に行っていることを聞いており,住民意識や日頃の訓練など地域ぐるみの取り組みが多数の命を救ったのではないかと考えます。

 震災の当日から未明にかけて災害対策本部の要員として詰めており,消防・警察・自衛隊など様々な防災機関など同じフロアで活動しておりました。しかし,被害の状況は断片的にテレビなどで伝えられるだけで被害の全容がつかめず,被害が甚大な三陸沿岸部の情報はまったく入らず,逆に,被害が軽微な地域からは被害状況や物資要請の連絡が早くから入り対応に追われる状況となりました。

 あまりにも被害が甚大であるため,電気通信が遮断され既存の通信手段(電話・携帯・衛星携帯さえも)は全く機能せず,携帯メールが断片的につながる状況でした。技術の進歩により新しい通信手段が活用されているが,本当の有事の際は全く役にたたない前提で対応せざるを得ない(被災地と支援サイド)ことを痛感しました。
 それは,結果的に自分の命は自分で守るしかないということで,これまでの行政の進めてきたハザードマップや避難箇所の指定などソフト対策や住民への情報提供などこれまでの防災に関する取り組みの根本にかかわることであると感じました。(最新の通信設備や立派なマップにより住民は安心する?行政が提供する想定,シュミレーションは?)

 また,今回の災害の特徴として被災の規模,範囲の大きさや沿岸部の工業地帯(製油所)や港湾を津波が襲ったことにより広範囲が停電し復旧までに時間を要したことから,電力供給が欠かせない病院や重要施設,通信施設の発電用油脂類の確保が問題となりました。
 さらに,ガソリンスタンドはもとより重油や軽油,灯油の供給も滞り,緊急車両への給油もままならず,被災状況の調査さえも困難となりました。1週間が経過しようやく緊急車両指定スタンドなど整備されつつありますが,県内の5%程度しか営業できない状況となっています。ライフラインの復旧,物資の輸送,住民の移動などガソリンを始めとした油脂類の確保と供給の重要さを痛感しました。(食料も輸送できない)

 1週間程度しか経過していませんが,建設技術者として公共施設の早期復旧が使命となりますが,災害の規模,被災施設,影響範囲,地域特性を早期に把握し応急対応や支援の要請など発災後に的確な対応をすることにより市民生活への影響を小さくすることができるのではないかと感じました。
 結果的には多数の犠牲者が発生する大災害(いまだに全容は把握しきれませんが)でしたが,今回の経験による課題を分析する事により,これからの日本の成長発展に必ず生かせるものと考えます。多数の犠牲者のためにも残った者の使命でもあると思います。



日々寸感 | 【2011-03-20(Sun) 08:01:44】
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被災地からのメール(その2)
 被災地からのメールの続編を掲載します.ある程度覚悟していましたが,やはり多くの児童も犠牲になっているようです……本当に残念です.
 津波に掲載した文面の下線部は,当人が引かれたものです.このブログを見ていただいている皆さんには,被災地からのメールを通じて,自分なりに何か感じ取っていただければと思います. 

 私自身、昨日わかったことなのですが、海に近い小学校の児童約160人が不明であるとのこと。その小学校は、私の通勤途中にある学校なのですが、津波のあと、いつもの道を6時間かけていった先の道路が瓦礫の山で、通行不能となっておりました。
 私は、帰宅をあきらめてここで一夜を明かそうかと思いました。ちょうど、その近くにこの小学校がありましたので、もしかすると避難場所になっているのではないかと思い、深夜11:00ころと記憶しています。
 月明かりを頼りにいってみました。暗くてよくわからなかったのですが、建物は何事もなく残っているように見えました。しかし、誰もいないので”おかしいな”とは思いつつ、引き換えしてきたのですが...まさか、こんな事態になっているとは想像してもいなかったので、相当なショックを受けました。

 私自身はというと、そこで一夜をすごそうか、または車を置き捨てて家まで歩こうか、あるいはかなりの距離を走行することになるが一旦会社方向へもどり、内陸側を迂回しA道路を通って強行で帰宅しようか、迷いました。
 結局、家族の安否が少しでも早く知りたかったこと、車を置き捨てることにより被災後の生活に支障が生じることなどから、3番目の迂回路案を採用しました(普段の業務の比較検討が役立った?)。

 その途中、通過するB市も津波で甚大な被害を受けているとのことで、いちかばちかの賭けでしたが意外とすんなり通過。C方面へ曲がる交差点前方は、大渋滞でした。
 約1.5時間かけて、A道路入り口に到着。しかし、橋桁に段差が生じ、通行不能とのこと。仕方なく、旧道の峠ルートに急ぎました。この晩、この峠付近は、すごく吹雪いていて、道路がつるつるになっており、タイヤを滑らせながら峠を通過。トンネルがあるのですが、トンネル内の照明は消えていて、真っ暗でした。

 ようやく帰宅。AM2:30ころだったと思います。
 真っ暗で何も見えない状況でしたが、家の玄関に近づくとかぎを開ける音がして、妻がでてきました。全然帰ってこないので、波にさらわれてしまったのではないかと心配していたということでした。
 その晩も余震が続き、またラジオをつけたままで寝たため甲信越地方で起こった大地震の緊急地震速報に何度も起こされながら朝を迎えました。

 最後に、私の妻の実家が海に近いのですが、安否確認と食料などを届けるため、リュックサックに食料を詰め込んで行ってまいりました。この集落は、半島の岬にあり、道路が1本しかありません。しかもがけを切土して作られていますので、異常気象時には通行規制がかけられることも少なくありません。
 行ってみると、その道路入り口にあたる集落が津波によって、壊滅状態でした。道路の瓦礫などは、自衛隊などによって取り除かれ、なんとか車で通過することができました。本当に、ここまで津波が押し寄せるのかというところまで、家屋は壊れ、泥をかぶった車などが散乱しておりました。その津波が到達した末端部には老人ホームがあるのですが、約40名の寝たきりの介護者が流されてしまったそうです。

 沖のほうをみると、あったはずの高さ10mくらいの防潮堤がありません。また、これは驚いたというか感心したことなのですが、古来から使用されてきた道路は、その際までは瓦礫などのせまって堆積しているものの、全然被災していないのです。妻の叔母は、この旧道の存在を知っていたため、この津波時に集落から市街地の方へ出かけていたのですが、帰ってくることができたそうです。
 こうした旧道というのは、古来の人々もやはりこうした災害に会い、未来の私たちへ示してくれた暗示なのかもしれません。こうしたことも、災害から人命や財産を守るためのソフト対策を今後検討していくうえで、何かヒントを与えてくれそうな気がしませんか?
 この旧道の最も低くなる谷あいの部分、つまり津波が道路際まで最も押し寄せてきた箇所なのですが、道路を挟んで山側にはお寺があり、門が沿道に面しております。これも、古人の暗示なのかもしれません。



日々寸感 | 【2011-03-19(Sat) 19:51:35】
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被災地からのメール
 つい先ほど,平成22年度の技術士試験に合格された受講者OBの方からメールが来ました.津波が直撃した(テレビで繰返し映像が放送された)地域の方なので,安否を心配していた一人です.
 今日は,その方からのメールをそのまま掲載しようと思います.
 なお,掲載にあたり,「今後の海岸保全施設設計の一助になれば幸いです。ただ、一言だけいわせていただきたいのですが、自然界の猛威に対し、”人間は、無力です”」というコメントを当人からいただいております.

 ○○です。昨夜、電気がようやくつき、本日午後、電話回線も復旧したので早速、無事のメールをいたします。
 私の身内は一同無事でした。ただ、知り合いの身内のなかで、不明者が多数存在し、安易に”よかった”といっている状況にありません。

 私の会社は、海に面するちょっとした高台にあり、まさかここまで海水が上がってくるはずがないと思っておりましたが、1階が海水につかっておりました。
 私は社内におりましたが、縦揺れのあと、激しい横揺れの地震が連続して発生し、たぶん4?5分程度でおさまったと思います。会社は築○十年以上のおんぼろ社屋であるため、倒壊はもうやむをえないと感じ、死も覚悟したくらいです。
 周りの人たちは測量機械やパソコンを運ぶのに一生懸命になっていたようでした。

 私は、会社の窓から直接海が見えるため、私は海水位が下がっていくのずっと見ておりました。社員の誰かが「高いところへ逃げたほうがいいよ!」ときたので、ようやく会社の外に出て、会社裏のちょっと小高いところで海の状況をみておりました。
 このときの防災無線はすでに機能を損していたようでしたので、車のラジオをつけました。ラジオでは、”大津波警報”発令していることを知らせておりました。
 時計をみると15:05をさしていたと記憶しております。海水が引いて海の底が見えましたが、その後海面がみるみるうちに上昇。そのうち、防潮堤を越えて、海水がものすごい勢いで陸側に流れ込んできました。

 これ以上はここにはいれないと感じましたので車で高いところへ避難。他の社員は自分の車に乗ったようでしたが、その出口をふさぐように会社の車が横付けで停められてあり、誰も乗っていなかったのですかさず、その車に乗って逃げました。
 本当は、反対方向のほうが高台に行く道路が近いため、そっちの方向へ逃げたかったのですが、車がなぜかその反対方向に停められていたため、やむをえず海岸線に平行方向にしばらく逃げ、なんとか高台に登ることができる道路にたどり着き、高いところに避難することができました。逃げている間中、真横からどんどん津波が押し寄せてくるのが見え、非常に恐ろしい思いをしました。

 ようやくたどり着いた高台の眼下は、すでに海面の下に沈んでおりました。田んぼであった一面を覆うかのように、どんどん濁流と化した津波が押し寄せていくのが見えました。
 雷のようなものすごい音がしました。3階建ての鉄筋コンクリートの民宿がちょっとした高台にありましたが、その3階までが見えなくなっておりました。今度は、ようやく津波が達するところまで達すると今度は引き波です。この引き波で家屋や小屋、さらには堤防までもが海に流されていくのが見えました。
 波が引いていくと、普段はみることができない赤びかりした海底が、かなりの沖までみることができました。この赤びかりした海底が血のように見え、地獄絵を見ているようでした。

 そのうち、今度は引き波と来る波がぶつかりあい、10?20m程度に波しぶきが立ちあがっているのが見えました。それがどんどん陸へせっまてくるように見え、これがきたら街全体が呑み込まれてしまうなと思ったのですが、2回目、3回目はそれほどでの津波でありませんでした。
 3回目の波が去ったあと、会社にもどってみましたが、1階が海水につかっておりました。自分の車が幸いにして水につからずに残っていましたので、自分の車を避難させることができました。

 まだ、お話したいことがありますが、夕食の時間になったため、またあとでれんらくします。これを機会に、津波の実態をしってもらいたいので、自分が体験したことをらがーさんを通してお知らせできればと思います。



日々寸感 | 【2011-03-17(Thu) 21:42:03】
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未曾有の国難
 東北地方太平洋沖地震によって,太平洋沿岸を中心に甚大な被害が発生しているようです.お亡くなりになられた方々には心よりお悔やみを,被災者の方々には謹んでお見舞いを申し上げます.
 宮城県,岩手県,福島県をはじめとして,東北・関東地方にも多くの受講者さんや受講者OBの方がおられます.安否確認ができない状態なので,個人的に心配しているところです.被害の拡大が最小限に留まり,一刻も早い復旧ができますよう,心からお祈り申し上げます.

日々寸感 | 【2011-03-13(Sun) 12:05:06】
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平成22年度の添削指導結果(最終)
 平成22年度の添削指導結果(最終)を書いておきます.
 合格された受講者さん,何はともあれ,おめでとうございます!!今年の懇親会場「横浜」での初顔合わせ(あるいは再会)を楽しみにしております.

建設部門(道路科目)は39名が受講されました.
 ・道路科目の受験者数2,905人,筆記合格者数518人(筆記合格率17.8%)
   ⇒受講者さんは13名が筆記合格(13/39=33.3%)しました.
 ・面接受験者数518人,最終合格者数428人(面接合格率82.6%)
   ⇒受講者さんは13名が最終合格(13/13=100.0%)しました.
 ・受験者数2,905人,最終合格者数428人(最終合格率14.7%)
   ⇒受講者さんは13名が最終合格(13/39=33.3%)しました.

総監部門(建設科目)は15名が受講されました.
 ・総監部門の受験者数2,420人,筆記合格者数476人(筆記合格率19.7%)
   ⇒受講者さんは7名が筆記合格(7/15=46.7%)しました.
 ・面接受験者数476人,最終合格者数383人(面接合格率80.5%)
   ⇒受講者さんは7名が最終合格(7/7=100.0%)しました.
 ・受験者数2,420人,最終合格者数383人(最終合格率15.8%)
   ⇒受講者さんは7名が最終合格(7/15=46.7%)しました.

 受講者さんの分母の中には「添削料を払ったけどまったく勉強しなかった人」や「仕事の都合で勉強できなかった人」も含まれます.当たり前ですが,そのへんを考慮すると実質的な合格率は上がります.

 おかげさまで「筆記合格者全員が面接合格」で締括ることができました.模擬面接で試験官役をしていただいた皆さん,本当にありがとうございました(感謝しております).
 通常業務との兼合いがあるので開催場所は限定的になりますが,平成23年度の添削指導でも模擬面接を実施する予定です.

添削指導結果 | 【2011-03-04(Fri) 11:44:18】
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今夜も眠れない
 いよいよ明日3月4日(金曜日)は合格発表だ.
 口頭試験を受けた人は今夜眠れないかも……面接を受けられた受講者さんからメールがあったんだけど,どうやら2日前から眠れていないらしい.私自身,昨年受講された方たちの合否が気になるところ.

 日本技術士会は何時に発表するんだろう(5時には発表されるのかな?).ちなみに,このページは合格者の受験番号しか確認できません.
 平成22年度 技術士第二次試験合格発表
 インターネット官報のほうが早く確認できるかもしれません.〔官庁報告〕国家試験になるから,号外のほうに掲載されるのかな.こっちは合格者のフルネームが掲載される予定です.
 インターネット官報

 毎度のことながら,年度末が近づき怒涛の忙しさになってきました……今年度も業務を抱え込みすぎたかもしれない.取急ぎ今日のところはこのへんで.

日々寸感 | 【2011-03-03(Thu) 08:08:22】
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リンク
建設部門 択一問題集  平成29年度版
総監部門 択一問題集  平成29年度版
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