何回でも論文添削!技術士(建設部門・総合技術監理部門)受験 景観が変わる?
景観が変わる?
 今日の日経新聞に「景観が変わる」という記事があったので,ついつい読んでみた.
 筆者の主張は,屋外広告の改善,ブロック塀を撤去して生垣に,無電柱化,中高層ビルへの屋根設置,ミニ建売住宅への規制強化……など,多岐にわたっていましたね.それらに加え,国民の自覚が必要というお決まり文句で締括していました.

…前略…
まず美しい街をつくる以前に,汚い街をなくすことが先決である.しかもできるだけ早くなくすべきである.

 汚い街をなくす……とは,強烈な発言です.美しい街とは何者なのでしょう,定義が必要ですね.

…中略…
景観緑三法は,品格ある国づくりを私たちに問いかける法律である.個人の私的欲望の拡大でわい雑になってしまった都市と農村に,文化的価値を創造する呼びかけである.私たちの自立と地域への協調が強く求められる時代となった.
 伊藤滋:「日本経済新聞 2005年5月3日」

 現時点では,「景観」という曖昧なものを,ひとつの方向へ導くのは危険でしょう.
 たとえば,私たちの感覚では,南仏風と和風の家屋が隣接していたら「景観」としておかしいと感じるでしょうし,美しいとも思わないでしょう.
 他方,自分が家を建てるときに「お隣さんが和風だから,うちも和風にします」とは誰も言わないでしょうね.
 つまり,「国民の自覚は必要だが,それを都合よく促してはいけない」ということです.汚い街をなくす前に,真の意味での国民の合意が不可欠なのです.うちのお隣さんにも「ブロック塀を撤去して生垣に」を理解してもらわなくてはなりません.現時点では,ただ「景観緑三法」が成立しただけなのですから.
 その点の勘違い,すなわち一般国民と有識者の意識レベル差を感じた今日の陽気でした…….
 

―今日のことわざ―
腐り縄にも取り所


建設一般 | 【2005-05-03(Tue) 22:57:32】
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コメント

TBありがとうございました。団塊の世代引退後の日本という視点から、景観を論じている識者というのはおられるのでしょうか。
2005-05-04 水 16:36:37 | URL | けいすけ #- [ 編集]

TBする記事間違えてたみたいですね…….
彼らが引退したあと,どういった行動をとるのか(ボランティア活動など),その行動によって景観の良し悪しが決まる,という意見を述べた識者はいたような記憶があります.
2005-05-04 水 21:48:15 | URL | らがー #- [ 編集]
らがーさん、お疲れです。
コメントされておられます景観設計・都市景観論について、業務を通じて東大の篠原先生らと、資料をまとめたり、時には酒を飲みながら論じたことがあります。一言コメントさせてください。
確かに「景観」というと非常に曖昧な表現になりがちです。一個人となるとまさに十人十色!様々な個人の価値観に縛られてしまいがちです。
ここでいう汚い町、というのはその都市の歴史、文化、アイデンティティーというものがまったく生きてこない、まさに十人十色で成立している状態を指すのではないでしょうか。
また反対の美しい町とは大きく分けて二つ存在すると思います。

1.マクロレベルで歴史、文化などが反映された建築形式など統一がとれた都市

2.人間工学の立場から視覚的にも行動性についても人間活動を行いやすい都市、さらにメソレベルで構造物の周囲への調和性がとれた都市

ここで景観論を論じる時、いつもわかりにくくなるのが、上記2つを混同してしまう点なのかな?と思います。
近未来的建築物、土木構造物を構築する時、歴史的建築物との調和は非常に難しくなりますし、その調和を図る際、必ず個人の思いは少なからず犠牲になることがあります。
英国やドイツなど、一部の地域では住民の希望を犠牲として「歴史的建築形式へのこだわり」への強引な建築方法を行っている例もあります。
確かに現時点での有識者の強引な誘導はおかしなところはありますが、やはり一般国民への都市景観への配慮の啓蒙は徐々に必要なのかもしれません。
しかし・・・やはり今の日本人は歴史的建築物や日本独自の文化へのリスペクトが非常に薄い・・
これは戦後の日本人が歩んできた道を見ればおのずとその理由は見えてくる気もします。
ですから現時点で、有識者の強引な誘導は非常に特異に感じてしまうことなのかもしれませんね。
ということから恐らく今の日本ではらがーさんのおっしゃるとおり、建築形式の強制を個人に強いることは当分はあり得ないでしょうね。
どうでしょう・・?
2005-05-06 金 23:56:16 | URL | GEIST #- [ 編集]
 伊藤氏の論調は,汚い街の根源は消費者金融の看板や架空線などである,と読取れるものでした.私としては,一般国民への啓蒙なのだからこそ,GEISTさんが述べている歴史や文化を踏まえた定義をしたうえで自論を展開してほしかったと思います.
 他方,篠原修氏の土木景観論は一貫していますね.一緒に酒が飲めるとは羨ましい限りです.
 マクロレベルでは,城郭都市とは歴史上の相違があることや一般国民の意識レベルから考えると,すぐに景観を変えていくことは困難でしょう.この点では,国土計画(全総)が時期的に先手を打てず,事後処理的になってきたことも否めませんね.
 ついつい忘れがちになる人間工学という視点,指摘されたとおり,ごちゃまぜになっていますね・・・・・・.
 「個人の犠牲」これに対応できるでしょうか,今の日本人は.この課題を真正面から取上げられる識者も少ないですね.今の日本では変人扱いされてしまうからでしょうか.
 国内業務ばかりしていると「海外から見た日本」という感性が衰えてしまいますね.GEISTさんには,そういった視点からの辛口コメントもお願いします(笑.
 残念ながら?建築様式を強制することはできないでしょうね.ただ,一般国民への啓蒙が一時的なものにならないよう,私たち技術者も心掛けていきたいものです.
2005-05-07 土 11:05:51 | URL | らがー #- [ 編集]

お邪魔します。TBさせてください。
2005-10-11 火 00:14:18 | URL | yutakami  #- [ 編集]
こんばんは。確かに、「美観」とか「憧憬」といったものはなんとなくイメージとしては皆持っているのでしょうが、それを具体化させたり、人々のイメージを一つに統一するというのは至難の業であるように思います。いや、無理でしょうね。人それぞれ自分の感性でイメージしていくものでしょうし、また国が違えば変わってくるもので、それを例えば日本にいる以上日本人の感性に従え!なんて各国の大使館等に強制し出したら、危険ですよね。
2005-10-16 日 00:31:00 | URL | 俺 #u6E2tTRs [ 編集]
俺さん,こんにちは.
おっしゃるとおり,「日本にいる以上日本人の感性に従え!」の論調が進むと,鎖国時代へタイムトリップすることになりますね.
感性=礼儀(習慣)ではないことを,地域住民は再認識すべきなのでしょう.
2005-10-16 日 09:02:41 | URL | らがー #- [ 編集]
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